2021.07.05インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.1】 一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA) 常務理事/事務局長 三村一夫氏 「わかりやすく伝えることが企業価値の向上につながる」

三村一夫氏(一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA) 常務理事/事務局長)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

今回から新しい対談連載を担当する日本資産運用基盤グループ主任研究員の長澤敏夫です。第1回の対談は、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会の常務理事/事務局長、三村一夫氏をお迎えしました。金融商品、保険商品は、ともすれば注意喚起情報や目論見書が非常にわかりにくく、それがお客様とのトラブルの元になっていると考えられています。その問題を解決するには、わかりやすく伝える技術が必要になります。どうすればわかりやすく情報を伝えられるのか、そのポイントを伺いました。

保険金不払い問題を機に始まった基準づくり

長澤   金融庁は2017年3月に「顧客本位の業務運営に関する原則」を公表し、金融商品・サービスにおける顧客への情報提供に対する関心が徐々に高まってきています。

そこで今回、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(以下、UCDA)の常務理事で事務局長を務めていらっしゃる三村一夫氏と共に、協会の設立趣旨、金融に求められるユニバーサルデザインとは何か、などについて話をしていきたいと思います。

まず、協会名にもあります「ユニバーサルコミュニケーションデザイン」とは何か、というところから教えて下さい。

三村   まず、最初にユニバーサルデザインについてですが、もともとは米国の建築家であるロナルド・メイス氏によって提唱された原則で、文化や言語、国籍、年齢、性別、能力などの違いに関わらず、できるだけ多くの人が利用できることを目指したデザインのことです。基準までは定められていませんが、7つの原則として

  1. 公平性・・・・・・誰でも公平に利用できる。
  2. 柔軟性・・・・・・使ううえで柔軟性に富む。
  3. 単純性・・・・・・簡単で直観的に利用できる。
  4. わかりやすさ・・・・・・必要な情報が簡単に理解できる。
  5. 安全性・・・・・・単純なミスが危険につながらない。
  6. 体への負担の少なさ・・・・・・身体的な負担が少ない(弱い力でも使える)。
  7. スペースの確保・・・・・・適切な空間が確保されている。

が挙げられます。

身近なところで言うと、国籍に関係なく理解できる非常口やトイレの絵文字付き案内板、ハサミ、ホチキス、ペットボトルなど多くの商品や施設が、ユニバーサルデザインの考え方を取り入れて作られています。

「使いやすく便利」がユニバーサルデザインの基本的な発想であり、近年ではそれが製品や施設などに広く導入され、大勢の人たちがその恩恵を受けています。しかし企業や行政と生活者の間で行われるコミュニケーションに必要な情報提供については、非常にわかりにくい部分がたくさんあると思うことがあって、「ユニバーサルコミュニケーションデザイン」という発想にたどり着いたのです。

長澤   UCDAを立ち上げようと考えたきっかけは何だったのですか。

三村   2004年から2007年にかけて保険金の不払い問題がありました。それがきっかけです。

なぜ保険金の不払いが生じたのかについてメディアが分析したところ、事前説明などで重要な情報が伝わっていなかったことがわかりました。ですから、それを見やすく、わかりやすく、伝わりやすいものに出来れば、このような社会問題が解決すると考えました。

そうなると、次の段階はどうすればわかりやすく伝えられるのかということになります。そこで、専門家や有識者の方々に相談したところ、わかりやすさの基準を設ければ、わかりやすいものに出来るはずだということになり、わかりやすさの基準作りを始めたのです。

しかし、一言で「わかりやすさ」といっても、実は人によって理解は千差万別です。そこで一旦、壁にぶつかったのですが、たくさんの方々と議論を繰り返した結果、「わかりやすさとは、わかりにくさの要因を取り除いた状態である」と定義しました。わかりやすさとは何かについていろいろ議論を尽くすよりも、わかりにくい部分を抽出する方が、より具体的なものが見えてきます。そこで、わかりにくさを発見してひとつずつ直していくことから、UCDAの活動が始まりました。

情報量19%未満がわかりやすさの基準

長澤   ユニバーサルデザインは米国の建築家が提唱したということでしたが、ユニバーサルコミュニケーションデザインの発祥はどこなのですか。

三村   私たちが始めたので、日本ということになります。

長澤   具体的にどのようにしてわかりにくさを把握できるようになったのですか。

三村   保険商品や金融商品は、手に取って使うものではありません。私たちは「情報」について、ともすれば軽んじてしまいがちですが、保険や金融など契約に基づいた商取引においてはとても大事なものです。なぜなら生活者は、保険会社や金融機関からもたらされた情報を判断材料にして買うか買わないかを判断し、契約するからです。

ところが、たとえば保険のパンフレットや注意喚起情報にしても、投資信託の目論見書にしても、あまりにも多くの情報が載せられているためか、自分の知りたい情報がどこにあるのかがわかりませんし、そもそもページを開いた瞬間、それを読んで理解しようという気持ちが無くなります。そこに重要な情報が載せられているのに、読まなくなってしまうのです。

なぜそうなってしまうのか。その理由を私たちは紙面から受ける圧迫感が問題なのではないかと考えたのです。

そこで、この圧迫感を数値化できないかと考え、紙面の情報量を測定して、わかりやすさの基準をつくりました。そして、それをソフトウェアにしてさまざまな印刷物の情報量を測定し、情報量に対して人間がどのように反応するのかを、データとして蓄積していったのです。

長澤   情報量に対する人間の反応はいかがでしたか。

三村   情報量が19%を超えると、8割の人々に拒絶反応が生じました。ですから、情報量は19%未満にすることを「わかりやすさ」の基準のひとつにしました。

長澤   どの金融機関に話を聞いても、「わかりやすい情報提供を心がけている」と言うのですが、具体的に何をどのようにしているのかという点がほとんど見えてきません。わかりやすい情報提供を行ううえで、金融機関が心がけておくべきことがあったら教えて下さい。

三村   これは保険商品に限ったことではなく、金融機関全般に当てはまることだと思うのですが、情報を送る側である金融機関は、本当に一所懸命にパンフレットや通知物を作成します。法令などで細かく決められていますから、入れなければならない情報をすべて押し込もうとします。

でも、その情報を受け取る人は金融や保険の専門家ではない、普通の人たちです。そこに情報の非対称性が生まれます。情報の受け手である普通の生活者は、金融関連の情報に対して知識が極めて脆弱か、下手をすればゼロということもありえます。情報の送り手はそれを理解したうえで、通知物を作成しなければなりません。

具体的な成果事例

長澤   実際にユニバーサルコミュニケーションデザインを取り入れた事例について、その効果も含めて教えて下さい。

三村   効果は明らかに見られました。たとえば京都中央信用金庫の住宅ローンの申込書にユニバーサルコミュニケーションデザインを取り入れたところ、申込書に記入する際の時間がひとりあたり1分44秒短縮されたそうです。

1分44秒って大したことがないように思えますが、これを1年間の契約件数でみると200数十時間にも匹敵するそうです。これだけ業務時間が短縮されると、企業からすれば働き方改革に直結するような成果だそうです。結果、お客様へのサービス向上にもつながるということでした。

また、ある保険会社ではお客様へのアンケートの返送率が1.5倍になったというデータをいただきました。このように、実際に数字として成果が現れるようになってきました。

以前、自動車保険の重要事項説明書がなぜこんなにわかりにくいのかということが話題になった時、金融庁の金融審議会のプロジェクトに参加して、その原因を徹底的に調べました。専門用語が多い、文章が難しいといったことは想像できましたが、やはり情報が盛り込まれ過ぎていたのです。実際、自動車保険の重要事項説明書の情報量は、25%を超えていました。

それを整理して、最終的に情報量を15%程度まで抑え込んだところ、全体の文字数は4分の1、説明書のページ数は半分にまで圧縮できました。

長澤   2010年からUCDAアワードを開催していらっしゃいますが、こちらの効果はいかがですか。

三村   一人でも多くの方に私たちの取り組みを知っていただきたいという想いから、2010年から毎年UCDAアワードを開催し、優れたコミュニケーションデザインを表彰しています。具体的には外貨建て保険や変額保険のパンフレット、少額積立金融商品のパンフレット、医療保険のパンフレット、保険金・給付金の請求書、食品パッケージなどについて、わかりやすい情報提供が行われているかどうかを評価・審査しています。エントリーした企業の方たちからは、「自分たちの仕事に対する客観的な評価をいただき、モチベーションの向上につながった」との感想を頂いております。

2010年に始めた当初は、生命保険会社を対象にしたアワードだったのですが、今ではそれに加えて損害保険会社、投資信託会社、銀行、共済、食品といったように、わかりやすさが求められる分野が大きく広がってきました。

非対面営業への対応

長澤   生活者への情報提供のツールが、紙以外のもの、たとえばデジタルツールにも広がってきています。その点で金融機関と生活者のコミュニケーションの方法、スタイルに変化は見られますか。

三村   印刷物の役割が変わってきたように思います。以前はすべての情報を印刷物に載せていましたが、最近はスマートフォンやサイトとの連携を行うケースが増えてきました。印刷物経由で、スマートフォンやサイトに飛んで、そこで動画を見てもらうといった仕掛けで情報提供を行う会社も増えていますので、いくつかの媒体を利用したコミュニケーションデザインが重要になってきています。

長澤   第三者認証やUCDの概念を広めてビジネスで推進できる人材を育成する目的で資格認定も行っているとのことですが。

三村   情報量やタイポグラフィ(文字)、色彩設計などの認証基準を設けて、認証レベル-1と認証レベル-2の2段階で認証を行っています。

認証レベル-1は「見やすいデザイン」で3項目の基準を満たすこと、認証レベル-2は「伝わるデザイン」で9項目の基準を満たすこと、となっており、認証レベル-2の方が厳しく設定してあります。

どちらも認証を受けた時点で認証マークをパンフレットなどに入れることが出来ます。これまで認証マークを裏表紙に入れているところが多かったのですが、最近は金融庁の「顧客本位の業務運営」の影響からか、表紙の社名の横に入れる会社も増えてくるなど、徐々に認知度が高まってきています。

これまで2000件以上の認証を行ってきました。

資格認定制度では、UCDを理解してわかりにくさから起きる社会問題を解決できる人材を育成することを目的として、認定講座を開いています。最近は金融機関の方で受講される方がとても多くなってきました。

長澤   今までは対面で営業を行っていたのが、コロナ禍で非対面の営業も増えていくと思います。非対面だと今まで以上に情報の伝え方が重要になっていくと思うのですが、この点についてUCDAとしてはどのようなサポートを考えていらっしゃるのですか。

三村   まずは金融機関などの担当部署に対して、継続的に働きかけているのですが、何よりも大事なのは、経営陣などトップがどれだけ「わかりやすく伝えること」の大事さを、理解できるかなのです。結果を出している企業は、やはり経営トップがその大事さを理解しています。まずは資格認定制度を通じてUCDの考え方と技術を一人でも多くの方に理解していただき、身に着けて仕事に活かして社内に広めてもらうことから始めていこうと思います。わかりやすく伝えることは、企業価値の向上にもつながることを、金融機関の方には是非、ご理解いただきたいですね。

また、賛助会員である貴社とも協力して「わかりやすい情報提供」を実現していきたいと思います。

長澤   ありがとうございました。