2018.11.22インタビュー
マネロン対応にみる金融業界の課題 守りと攻めを見据えた金融人事戦略の必要性とは
金融専門性の偏在や硬直的な事業運営構造という、金融業界の構造的問題の解決を目指す日本資産運用基盤株式会社。今回は金融機関コンサルティング部でAML/CFT(マネーロンダリング対応)を専門とするディレクターの石尾弘和が専門分野を通して見た金融業界の課題に迫ります。
信用第一の金融業界に差し迫る課題―AML/CFT対応
AML/CFTとは、Anti-Money Laundering/Counter Financing of Terrorismの略で、日本語では「マネーロンダリング防止とテロ資金供与対策」を意味します。
わが国の金融業界では、このAML/CFT対応への問題意識が急速に高まっており、銀行や信用金庫・信用組合のみならず、証券会社、保険会社、資金移動業者、仮想通貨事業者に至るまで、すべての金融機関・事業者がその対応に追われています。
この背景には、2019年に国際組織であるFATF(金融活動作業部会)の対日相互審査が予定されており、金融庁がガイドラインを策定し、金融機関の対応を密にモニタリングするなど、AML/CFT態勢の厳格化・高度化を強く求めているという状況があります。
改正された犯罪収益移転防止法では、金融機関のみならず貴金属取り扱い事業者や宅地建物取引事業者などもその射程に捉えられてます。
一方、金融業界にはAML/CFT対応の専門家がほとんど存在していないという深刻な問題があります。
極めて専門性が高い仕事であり、ゼネラリストの育成を中心にする従来の金融機関の人事システムのなかでは、この手の分野に高い知見を持つ専門家が育ちにくいのも事実。
そのあいだ隙を突くように、マネーロンダリングやテロ組織への送金窓口として、態勢が脆弱な金融機関・事業者が狙われています。特に、問題視されているのが物理的にAML/CFT対応の高度専門性にアクセスが難しい地域金融機関です。
地域金融機関の窓口に来店するお客様は、地元の企業や、そこで生活している個人が中心なので、窓口の担当者は、海外送金などクロスボーダーな取引に精通していません。
経験が少ないので、仕方がないところもあるのですが、その脆弱性を突いて、マネーロンダリングやテロ資金供与に利用されるケースが、後を絶ちません。
石尾 「 2017年、某銀行窓口を通じて、テロ支援国家と関係のある貿易会社の口座に 5億5000万円もの送金が行なわれるなど、この手の事例は少なくない。
私自身の経験でも、海外送金を依頼してきたお客様が来店され、念のためその預金通帳を確認したところ、数千万円の入金があり、その入金内容を開示するよう求めたら、途端に機嫌が悪くなって、帰ってしまったということがありました。
送金手数料は決して安価ではないので、多額の送金を依頼してくる人は本来、金融機関にとって良いお客様です。
しかし、改めて考えなければならないのは、『あなたが接しているのは本当にお客様なのですか?』ということです。
高額の送金手数料と引き換えに、レピュテーション(風評)リスクを高めてしまっては、信用第一の金融機関にとっては命取りになることも考えられます。
ただ、こうした判断は厳格なプロセス管理と具体的な事例に基づく経験や訓練などが必須ではあります。一部の大手金融機関等以外にとっては、決して容易な事柄ではないことも事実です」
深刻なAML/CFTの専門家不足。裏に潜むのは人材育成という視点の欠落
石尾 「私は 2001年に、米系銀行のプライベートバンキング部門に異動し、同部門が関わるさまざまな取引をモニタリングする仕事に就きました。
具体的には、個々の顧客が現在の資産を築き上げた過程、ならびに家族構成などを記したプロファイリングデータを検証・確認すると同時に取引の流れをモニタリングする仕事です。
当時、インターネットが民間に普及しはじめた時期で、そこに流れている情報を駆使して、プロファイリングデータの裏取り作業を行なうのです」
石尾は、この米系銀行でプライベートバンキングのほか、企画部門を勤め上げた後、2016年にアジア系外国銀行に移籍。日本在住の外国人による本国送金、海外に投資を行なう日本人の海外送金を担当しました。
石尾 「本国送金、海外送金のため支店を訪れる顧客のなかには、明らかに不自然な取引を目的にした人もいて、それを水際で防ぐのが、私の仕事でした。正直、銀行の仕事としては、本流ではありません。
今の国内金融機関で、この仕事に長い経験を持つ人は、在日外銀と大手邦銀の一部の専門職の人たち、それに金融検査の実務に携わった当局担当者を除けば、金融機関で勤務する人の総数 170万人という数字に対して、非常に少ないと言わざるをえません。
大手コンサルティング会社に所属する金融コンサルタントの多くは、足もとの AML/CFT対応規制をフォローし、最新の情報や膨大なデータに接しているため、あるべき態勢の全体像を語ることはできますが、支店窓口などの現場で実際に取引を見ていたわけではありません。
そのため、どうしても助言の内容が教科書的な、肌触り感に乏しいものになりがちで、現場が実際に欲している実効的な態勢整備にはなかなかつながりにくいという限界があるという声も聞きます」
「信用」という、金融ビジネスの根幹を傷つけることにもなりかねない問題であるにもかかわらず、これまでプロフェッショナルを戦略的に育成するという視点が欠けていたところに、日本の金融機関の問題がありました。
この分野の問題認識が急速に拡大しつつある今は、人的、物的資源を総動員して各種専門分野の人材育成に当たっています。
石尾 「日本の金融機関で働いている多くの人たちは、本店各部署や各地の支店を異動し、キャリアの最終ゴールとして本店(本)部長職、あるいは基幹支店の支店長となり、そのなかで特に秀でている人が役員に就任するというコースを歩みます。
そのため、マネロン・テロ資金供与対策に精通した人材をはじめとして、コンプライアンスや内部監査など内部管理部門に特化した人材が育ちにくいという現実があります。
もちろん国内でも、大手銀行や大手証券会社、あるいは外資系金融機関には、この分野のスペシャリストがいるのですが、地域金融機関には少ないと思います。だからこそ、私たちのように、現場で AML/CFTに携わってきたノウハウが役に立つのです」
外国人労働者の増加を見据えてーー郷里送金ビジネスの可能性を探る
この10年で、外国人労働者の数は大幅に増えました。内閣府の発表によると、2008年の外国人労働者数は約49万人でしたが、2017年は約128万人まで増加しています。この傾向は今後も続き、日本で働く外国人労働者の数は、さらに増えていくと考えられます。
石尾 「外国人労働者の多くは、基本的に日本国内で稼いだ所得のかなりの部分を、本国で生活する家族に送金します。地域金融機関にとってはある意味、ビジネスチャンスでもあります。
ただ、マネーロンダリングやテロ資金供与の問題で規制当局による警戒が厳しくなるなか、地域金融機関のなかには、 AML/CFTの専門家が不足していることから、海外送金の取り扱いを一部店舗に限定する動きもあると聞いています。
ごく一部の人たちが行なっている不正行為によって、金融サービスの使い勝手が悪くなっているのです」
すべての外国人労働者が違法行為に手を染めているはずはないのですが、今の地域金融機関は「あつものに懲りてなますを吹く」状態で、海外送金ビジネスに及び腰です。
石尾 「技能実習制度や外国人造船就労事業においては、地元の商工会議所や受入先企業本体などの組織が出資して、実習生の受入機関として組合を設立し、技能実習などの事業を運営しているところもあります。
こうした企業や各種団体にアプロ―チをして、実習生が行なう海外送金や源泉徴収された税金の還付手続き、それに伴う送金証明書の発行などが行なえれば、地域金融機関の収益機会は増えると考えられます。
特に地域金融機関は、地元企業のことをよく知っているはずですので、受入機関が適切な団体なのか、人なのかの判断がつけやすいという利点があります。
顧客の居住地、事業所の所在地を実際に訪ねて確認するという、本当の意味でのKYC(本人確認)を実行し、法令に沿って適切に運営されている組合とその所属組合員の海外送金を取り扱うことができれば、それはビジネスになります。
海外向けの郷里送金を取り扱うことによって、技能実習生の給与振込口座を開設したり、こうした事業を行なっている団体との取引をさらに深めることにもつながったりと、地域金融機関にとってビジネス上のメリットがたくさんあるのです」
「日本に移民政策は馴染まない」という意見は多いのですが、現実に目を向けると、日本国内で働く外国人労働者の数は着実に増えています。
これをビジネスチャンスと捉え、AML/CFTに必要な対策をしっかり講じることが、日本の、特に地域金融機関にとって、新たなビジネスを掘り起こすきっかけになるのです。
金融業界に対する提言ーー長期的な人事戦略
日本資産運用基盤株式会社は、金融事業支援プラットフォームとして、こうした「守り」と「攻め」を見据えた事業運営のサポートの提供を通じ、革新的な金融サービス・ビジネスの開発と安定的な運営をサポートする存在でありたいと考えています。
また、事業運営のサポートのみならず、より長期的な経営戦略についても専門家としての知見を提供することを目指してまいります。
石尾 「 AML/CFTは、これからすべての金融サービスにとって必須になります。私たちは、実際のその現場を見てきたノウハウを用いて、すべての金融機関・事業者の AML/CFT対応の基盤になることを目指しています。
また、日本の金融機関の人事制度において、優秀な選抜された人材を、戦略的に AMLコンプライアンスオフィサーとして育てる人事システムがあっても良いと考えています。
たとえば、米国の大手電機メーカーのように、エリート社員を意識的に内部監査等内部管理系の仕事に就け、すべての部署を横断的に見る経験を積ませるといった人事戦略なども、地域金融機関に提言したいと考えています」