2018.10.02インタビュー
金融業界が抱える構造問題。でも、それを乗り越えた先にもっと創造的な世界がある・前編
FinTechが金融を再定義する中、革新的な金融サービスへの期待が高まっています。「でも、金融のチカラってこんなもんじゃない。社会や暮らしをまだまだもっと創造的にできるはず」と言い続けるのは日本資産運用基盤の代表取締役社長である大原啓一。そんな彼が、金融業界の抱える課題やさらなる可能性を語ります。
金融のイノベーションを阻害する「高度専門性の偏在」
金融業界はいま、大きな事業環境の変化に直面しています。
超低金利の長期化によって融資業務で得られる金利収入の利幅が薄くなり、情報・金融技術の発展によって金融商品の販売により得られる手数料収入が減少しました。
その一方で、FinTechと呼ばれる金融付加価値の新たな提供手段が勃興し、これまでにない金融サービスが多数、生み出されています。
上記の環境変化に対して、銀行や証券会社など既存の金融事業者は、いよいよ事業モデルや企業形態を見直さざるをえなくなり、同時に、非金融事業者による金融サービスへの参入も、活発化してきました。
このような変化の波を止めることはできないでしょう。変化によって金融業界が活性化し、それが我が国の経済、ならびに国民の生活水準を、より発展させていくことが期待されます。
しかし、金融業界に押し寄せている環境変化の中で、我が国の金融業界は大きな構造問題を抱えており、それが金融サービスやビジネスの革新を妨げてしまっているという危機感を私たちはもっています。
代表取締役社長の大原啓一(以下、大原)
「最大の構造問題は、高度な金融専門性が偏在していることです。金融業界全体の就業者数が約160万人、たとえば、このうち投資運用ビジネスに携わっている人は1万人強といわれています。
しかし、このほとんどは首都圏を活動拠点にしています。そうなると、たとえば地域銀行が自己資金運用のリスク管理や個人向け資産運用サービス事業に注力するために組織体制を強化しようとしても、その拠点とする地方にはそもそも人材がいない、という問題に直面します。
結果、環境変化に対して戦略的に動こうとしても、そのための重要なリソースである専門人材がボトルネックになり、何もできないという状況にはまってしまいます」
この手の問題は、投資運用人材に限った話ではありません。
コンプライアンスやマネーロンダリング対策、金融システム構築など、金融ビジネスにおける高度な専門性をもった人は、ほとんどが首都圏で働いています。
それも大手金融機関が正社員として囲い込んでいるため、ますます業界全体としての人材リソースの最適配置が進まず、地方の金融機関では、高度な金融専門性をもった人材が恒常的に不足しています。
大原 「この偏った状況は首都圏と地方だけでなく、大手金融機関とスタートアップ、あるいは金融事業者と非金融事業者のあいだにも見られます。
金融における高度な専門性や経験知が、首都圏の大手金融機関に偏在してしまっているため、たとえば非金融事業者が金融ビジネスに参入したいと考えても、その知識や経験に十分アクセスできず、そのことが新規参入者にとって大きな参入障壁になっています」
問題解決を困難にする自前主義への固執
日本の金融業界が抱える構造問題は、高度金融専門性の偏在だけではありません。
それに加え、「硬直的な事業運営モデル」という問題もあります。たとえば、メガバンクと呼ばれる大手金融機関と、それよりも事業規模が小さい地域銀行を比較すると、規模の違いはあるものの、両者ともまったく同じ事業モデルで運営されていることに気づきます。
より具体的に言うと、いずれも預金を集めて融資を行ない、投資信託などの金融商品を販売し、自己資金を運用しており、それら収益部門を支えるためにシステムやコンプライアンス、その他のバックオフィス部門を抱えています。
それら事業部門や機能は本当にすべて自前でそろえる必要があるのでしょうか。
大原 「日本の金融機関には、金融事業者が自前でほとんどすべての機能に対応しようとする、垂直統合型事業運営モデルへの固執が根強く残っているように感じます。
これに対して欧米の金融機関は、いまや水平分業型事業運営モデルが当たり前で、顧客接点で勝負する金融機関、プロダクト開発を専門に行なう金融事業者、あるいは金融機関バックオフィス事務を引き受ける事業者というように、各々の得意分野に特化し、経営・事業運営をより効率的に行なう仕組みが普及しています。
なぜ日本の金融機関は、すべてを自前でそろえようとする傾向があるのか、その理由は定かでないのですが、こうした自前主義が強すぎるあまり、証券サービスにしても資産運用サービスにしても、新規参入のハードルが極めて高くなってしまっているという問題意識をもっています」
非金融事業者による金融ビジネスへの参入は、しばしば話題になります。さまざまなインターネット企業が銀行や証券、保険サービスを提供しており、最近も通信や小売りなどの非金融事業者が個人向け資産運用サービスに参入すると発表し、大きな注目を集めています。
そうした新規参入事業者の多くは、これまで金融サービスを利用した経験が少ない20〜30代の若年層の顧客基盤をもっていたり、独自の顧客接点を有していたりするなど、革新的な動きを金融業界にもたらすことが期待されています。
一方、従来の金融機関同様に証券会社や運用会社を設立するなど、これまでと変わらずに硬直的な事業運営スキームを選択する事業者も少なくなく、イノベーションに注力するスキームづくりの重要性を改めて感じます。
大原 「ゼロから証券会社や資産運用会社を立ち上げるのは本当に大変です。専門性をもった人材の確保はいうに及ばず、お客様の資金決済・管理に必要なシステム、リスク管理、反社管理など、さまざまなシステムや事務フローを用意しなければなりません。
これだけでも大きな資本が必要になります。多額の資金が必要になる一方、お客様からお預かりする資金を積み上げ、黒字化するにはこれまた長い年月が必要になります。
これでは新規に参入しようという動きが少なくなり、金融業界は一大変革期を迎えているのに、硬直化した事業運営モデルが、金融サービスのイノベーションを妨げる恐れが生じてきます」
金融サービスが社会にできることはもっとある
「高度専門性の偏在」や「硬直的な事業運営モデル」という構造的な問題は、社会構造的な問題やこれまでの金融業界の歩んできた歴史的な経緯が複雑に絡んでいるなど、一朝一夕で解決が可能な問題ではありません。
しかし、こうした構造的問題を克服することにより、金融業界はサービスやビジネスのイノベーションを進め、より大きな付加価値を社会や経済に提供することができると、私たちは信じています。
大原 「金融専門性をはじめとする事業運営リソースを業界内で最適配置する仕組みを構築することにより、すべての金融事業者それぞれが強みとする分野や機能に注力し、より大きな付加価値を社会や経済に提供することが可能となります。
たとえば、地域金融機関は長年の取引実績に基づく信頼関係をもとにより生活に密着した顧客サービスに注力し、地域金融をもっと活性化することができるはずです。
また、スマートフォンアプリを通じた顧客接点を強みとする事業者は、そこに注力することで新しい金融サービスをより効率的につくり上げることが期待できます。業界全体として、創造性や効率性を更に向上させることができると考えています」
会社創業の背景にある金融業界への想い
日本資産運用基盤株式会社を創業した背景にも、金融業界がもつこのような大きな可能性への期待があると大原は言います。
大原 「たとえば、いろいろな人やメディアが『地域銀行はもうオワコンだ、先行き暗い』ということを言っていますよね。あれって個人的にはすごく違和感があるんです。僕は逆に地域銀行はこれから本領発揮する時代だと思っています。
資産運用サービスでいうと、付加価値は運用商品そのものから、お客様のライフプランニング提案など、顧客接点でのコミュニケーションに移りつつあります。そんな時代において、地域銀行がもつその地域のお客様との強い信頼関係は他のどんな事業者にもまねできない資産です。
一方、構造的な問題があって、そうした強みをもつ金融機関が、本来提供できるはずの付加価値を提供できていない。もったいないとずっと思っているんです。こんなもんじゃない、日本の金融はもっとできるはずって」
日本資産運用基盤株式会社は、金融専門性をはじめとする事業リソースの最適配置を実現する仕組みづくりを通じ、金融業界をもっと効率的に、そして創造的にし、社会や経済の活性化に貢献したいと考えています。
中編に続く