2020.04.08インタビュー
対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.5】 株式会社エー・ソリューションズ代表取締役社長 荒木幸男氏 「金融の裏側から見た業界の未来地図」
荒木幸男氏(株式会社エー・ソリューションズ 代表取締役社長)
聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)
「フィンテック」という言葉が広く知られるようになって5年ほどが経ちました。この間、暗号資産をはじめとする電子マネー、クラウドファンディング、レンディング、ロボアドバイザーなどさまざまなジャンルが誕生してきました。こうした新しい金融スタートアップはこれからの金融をどのように変えていくのでしょうか。今回は、金融機関にさまざまなシステムソリューションを提供している株式会社エー・ソリューションズの荒木幸男代表取締役社長に、金融の裏方の視点から、金融の未来像などについて話を伺いました。
証券営業から金融システム会社を立ち上げ
大原 荒木さんは日本勧業角丸証券、現在のみずほ証券からキャリアをスタートさせて、1999年にインタートレードを創業され、その上場までを主導されました。この会社は、証券ディーリングシステムや外国為替証拠金取引システム、取引所取引システムの提供など、どちらかというと金融業界を裏側から支えているシステム開発を主要な業務とした会社でした。そして2010年に株式会社エー・ソリューションズを創業して現在に至っています。まず、会社概要から教えていただけますか。
荒木 うちは基本的にお客様の全てが広義の金融業者になります。そのなかでも投資運用業、そしてクラウドファンディングを扱っている第二種金融商品取引業、さらに証券会社や銀行、信用金庫など金融機関全般に対してソリューションを提供する会社です。資本金は2000万円で社員は17名です。
大原 荒木さんご自身はどういうキャリアを積んで来られたのですか。
荒木 証券会社は支店営業からスタートしました。新宿西口支店です。一軒一軒、個人宅を回るどぶ板営業を3年間続けました。その時、証券アナリストの資格試験を受けて、支店営業で初めて合格した後、若手社員を対象にプロフェッショナルを育てるプロジェクトがあり、デリバティブのディーラーを2年半、株式のトレーダーを1年経験しました。そこから勧角総研というシンクタンクでストラテジストとして仕事をさせてもらい、再び本店に戻って経営企画部門に配属されました。
大原 ということは、経営企画部門に配属されるまで、システム関連のお仕事に携わったことは無かったということですか。
荒木 その通りです。ちょうど経営企画部にいた時、勧角証券が証券業としてどのように生き残っていくのかという点も含めて、金融業界の将来について調査していました。その頃、証券ビジネスに関わっている人の数は、私が入社した時に比べて半分以上減っていて、なおかつ松井証券などネット証券会社が台頭してきたこともあって、伝統的な証券会社はダメになっていくだろうと考えていました。そんな時、エンジニアだった同僚2人から一緒に起業しないかと誘われたのです。
ATMやクレジットカードだってフィンテック
大原 当時はマネックス証券やDLJディレクトSFG証券、Eトレード証券といったオンライン証券会社が林立していた時期なので、荒木さんのそれまでのキャリアだと、何となくそちらに行きそうなものですが、なぜ経験値のないシステムソリューションの会社設立に合流しようと思ったのですか。
荒木 確かにコーディングのようなシステムエンジニアに必要とされる知識はありませんでしたが、証券会社の経営企画部門やディーリング部門で、実際にシステムを使う側にいましたし、アナリスト視点で物事を見ることが身に着いていたので、上流業務設計であれば自分のキャリアを活かせると思ったからです。実際にインタートレードでは経営、営業、上流設計を担当していて、お客様のニーズを吸い上げ、方向性を打ち出したら、あとはエンジニアの方たちに作ってもらっていました。
大原 昨今、フィンテックのスタートアップがたくさん登場していますが、オンライン証券会社の人たちは、自分たちこそフィンテックの第一世代だという想いが感じられます。この点、荒木さんはどのように考えていらっしゃいますか。
荒木 そう思ったことは一度もありません。フィンテックとは一体何なのかを考えていくと、ATMやクレジットカードもそうだと思うのです。ATMはAutomated Teller Machineの略です。つまりテラーの代わりに現金の預け入れや引き出し、記帳などを機械が行うものですし、クレジットカードは世界初の電子マネーです。つまりフィンテックという新しい造語が用いられていますが、金融と技術の融合は昔から存在していたというのが私の認識です。スマホで株式を売買したり、コンビニで現金を引き出したりするのも、金融と既存技術・プラットフォームの融合ということの延長線上にあるだけですし、一般にフィンテック企業と呼ばれている最近の金融スタートアップ企業も同じだと考えています。
大原 システムソリューションって非常に大掛かりなビジネスで、競合も大企業ばかりですが、ビジネスを軌道に乗せるまでに大変なご苦労があったのではありませんか。
荒木 確かに当時はベンチャー企業が金融システム分野に乗り込むなんてことは考えられませんでしたから、どうしても金看板が必要でした。もちろん小さい企業であれば即取引してもらえたかも知れません。でも、小さい企業から入ると、そこから上に行くのが非常に難しくなります。なので、まずは大手金融機関に的を絞って営業をし、あるオンライン証券会社に導入してもらえることになりました。これが効いて、システムの評判が一気に証券業界に広がり、本来、我々がやりたかったトレーディングシステムの開発に入っていきました。
クラウドファンディングで飛躍
大原 それだけの苦労をすることが分かっていながら、なぜシステムソリューションの分野に参入しようと思ったのですか。
荒木 やはり株式委託手数料の自由化、取引所集中義務と有価証券取引税の撤廃が大きかったと思います。株式委託手数料が自由化されると、当時の収益の殆どを占めていたブローカー収益が非常に厳しくなります。となると自己売買で稼ぐしかなくなります。だから証券業界はディーリングで稼ぐ方向に進まざるを得ないのではないかということは、何となく見えていました。だから、トレーディングシステムを開発しようと考えたのです。当時、この分野で覇を競っていたのが東芝、IBM、その他の外資系システム会社で、そこに参入してもなかなか売れないことも分かっていました。でも、敢えてお客様が簡易に使えるシステムを作れれば、きっと売れるだろうと思い、2年間ひたすら営業をして回りながら、お客様がどういうシステムを欲しがっているのかを把握し、それをシステムの設計に生かしたのです。結果、シェアは順調に伸びて、全体の7割を占めるまでになりました。
大原 荒木さんのお話を伺っていると、業界の先を見通す力の凄さを感じます。なぜそのような力が身に着いたのですか。
荒木 やはり経営企画部門で、いかにすれば証券会社が生き残れるのかを徹底的に考えたことが大きな財産になっています。何事もユーザー目線・経営者目線で考えることが大事だと思います。
大原 エー・ソリューションズではクラウドファンドの業務ソリューションを提供しています。なぜクラウドファンディングの分野に進出しようと思ったのですか。
荒木 今のところ採用して下さる企業が徐々に増えていて、業績にも寄与していただいておりますが、きっかけは3.11です。当時、ビジネススクールで勉強をしていたのですが、被災地で海産物の加工販売をしている会社の社長にお会いする機会に恵まれました。資金繰りをどうしているのかという質問に対して、銀行は一切与信してくれなかったものの、クラウドファンディングを通じて資金を集められたというのです。この時、「こういう資金調達の方法で地域の再生が出来るんだ」ということが分かり、自分でやりたいと思ったのです。それで実際に自分のところでクラウドファンディングを運営するためのシステムを組んで、いつでもスタートできる状態にあったのですが、ちょうどその頃から世間的にクラウドファンディングが注目を集め、いろいろな会社から相談を受けたのです。そこで、自分が主体となってクラウドファンディングを運営するのではなく、裏方に徹してシステムソリューションの提供を行おうと考えました。
大原 大手金融システム会社がエー・ソリューションズを恐れるのは、荒木さんの先見性やスピード感でしょうか。
荒木 大手金融システム会社は業界を寡占しており、もはや独禁法ギリギリのところにあるのではないでしょうか。結果、彼らは価格コントローラーとして、自分たち自身でシステムの値段を決めることが出来ます。ところが株式の委託手数料にしても、投資信託の販売手数料や信託報酬にしても、限りなくゼロに近い水準まで下がっていくなかで、金融システムの導入・保守にかかる費用が変わらないとなったら、金融機関はどこで収益を得れば良いのかという話になります。なので、出来るだけ安価な料金で、かつサブスクリプションの形式でシステムを金融機関にお出しできれば、喜んでいただけます。そこにはこだわっています。そこに脅威を感じて頂いていることは考えられます。
この1年で金融は大きく変わる?
大原 証券・資産運用の分野がこの1年くらいで大きく変わってきた感じがします。この動きは今後、さらに加速するのでしょうか。
荒木 これは断言できますが、必ずそうなります。いろいろな要素があると思うのですが、一番大きな要素は今までの成功体験から抜けられないことだと思います。その一方で、異業種プラットフォーマーたちが、それを度外視したビジネスを始めていて、そのせめぎ合いが起こっています。既存の金融機関はこれまでの伝統的な金融業を経営手腕で乗り切ろうとしているわけですが、異業種プラットフォーマーはそれとは全く違うアセットで勝負していますから、全く噛み合わないところで競い合っているわけです。ですから、確かに伝統的な金融機関も変わりつつあるように見えますが、実際には何も変わっていません。ただ、それがこの3年、下手をすれば1年で大きく変わる可能性があります。今、まさに世界的に広がっている新型コロナウイルスの影響で、うっかりするとこの1年で大きなパラダイムシフトが起こると考えています。
大原 最近の金融スタートアップについてはどう見ていらっしゃいますか。
荒木 ポイントは3つあります。第一に、過剰流動性。QEを通じて行くべきところに資金が回らず、投資に向かってしまいました。ベンチャーキャピタルが今、どうなっているのかというと、バリュエーションを度外視して資金を金融スタートアップに入れています。それで、潤沢な資金を得た金融スタートアップは、システムや社員を自社で抱え込むようになり、それが収益を圧迫しています。なので、自社でシステムを持たずに、安価なASPなりを使うべきなのです。第二は、例えば、米国のスマホ証券であるロビンフットのビジネスモデルをどこまで研究しているかということです。ロビンフットの収益は手数料ゼロですが、信用取引で金利を取り、顧客からの預かり資産を米国国債で運用することにより金利収入を得ています。さらに取引所からのキックバックも受けています。つまり日本ではレギュレーション上、使えないビジネスモデルであるにも関わらず、それを目指そうとしている金融スタートアップが少なからず存在します。第三はタイミング。早すぎても駄目、遅くても駄目ですが、皆さん本当に早い段階からビジネスをスタートさせているので、どんどんコストがかかってしまう。ところが、過剰流動性で資金調達は出来るから、どんどん塩漬けになる。そういう悪いスパイラルに入っているのが、日本の金融スタートアップだと思います。残念ですね。
大原 私は本来、金融機関はシステムなどを自社で持つのではなく、外部のものを使う方が良いと考えています。日本資産運用基盤はこうしたビジネス基盤を金融機関が自社で持つのではなく、うちが提供するリソースをどんどん使って下さいということなのですが、今後、この手のビジネスはもっと増えていくと思いますか。
荒木 無くてはならない存在になるでしょう。金融インフラと金融ビジネスのミスマッチを解消するためには、日本資産運用基盤のような会社の存在が不可欠になると思います。米国では20年、30年前からこの手のビジネスがあるのに、日本にはそれがない。これから求められるビジネスになると確信しています。
大原 ありがとうございました。
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