2020.11.10インタビュー
対談連載【金融ビジネス/最前線の変革者達 No.13】 コモンズ投信株式会社 代表取締役社長 伊井哲朗氏 「投資家目線+経営者目線で投資先を選別する」
伊井哲朗氏(コモンズ投信株式会社 代表取締役社長)
聞き手:大原啓一(株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長)
リーマンショックの前後、独立系・直販系と呼ばれる投資信託会社が複数、設立されました。今回、お話しをお聞きしたコモンズ投信もそのひとつです。ファンドの運用がスタートして12年。この間、どのような苦労をされてきたのか。わが国の資産運用業界の課題は何なのかなどについて、コモンズ投信株式会社・代表取締役社長兼最高運用責任者の伊井哲朗氏にお答えいただきました。
直接販売を選んだ理由
大原 コモンズ投信は独立系・直販系と言われる投資信託会社のひとつです。かつて投資信託会社といえば、証券会社か銀行の子会社で、親会社の金融機関をメインの販売窓口にして、運用ファンドを販売してもらうというビジネスモデルでしたが、コモンズ投信は基本的に直接、お客様にファンドを販売する直接販売方式を採用し、かつどの金融機関の子会社でもありません。2008年に会社を設立して12年が経過したわけですが、まずは設立の経緯からお話しいただけますか。
伊井 まず2007年に準備会社を設立しました。投資信託会社を始めるには財務局への登録が必要なので、それに必要な書類などをつくるための会社ですね。それから書類を作成したり、会社を設立するのに必要な諸々の準備をしたりして、2008年8月1日に登録申請を行いました。そして3カ月後の10月にライセンスが下りて、11月に投資信託協会で正式に投資信託会社としての承認を受け、本格的に業務がスタートしました。現在、「コモンズ30ファンド」と「ザ・2020ビジョン」という2本のファンドを運用していますが、このうちコモンズ30ファンドの運用を2009年1月から開始しました。
大原 最初の運用資金は順調に集まったのですか。
伊井 苦労しました。何しろリーマンショック直後のスタートでしたからね。当初設定で10億円くらいは集めたいと思っていたのですが、蓋を開けてみたら1億1800万円でした。当時、私は社員に「南極のような凍りついた地面ではあるが、熱い長期投資の種は植えた。みんなでしっかり育てていこう!」とメッセージを出したことを覚えています。現在、コモンズ30ファンドの純資産額は約370億円、ザ・2020ビジョンと合わせて当社の純資産総額で450億円程度なので、ようやくここまで来たという感じです。
大原 なぜ直接販売を選んだのですか。
伊井 さわかみ投信や鎌倉投信は直接販売にこだわるスタイルですが、私たちも直接販売をとても大切にしているものの、そのスタイルだけに限定するつもりは元々ありませんでした。
ただ、コモンズ30ファンドは、長期的な資産形成をしたい、長期投資をしたいと考えている投資家から資金を集めて、私たちが長期で投資できると考える企業の株式でポートフォリオを組むという設計だったので、短期資金ばかりを集めてくるような金融機関を販売窓口にすることはそもそもできません。いろいろな販売チャネルを検討したのですが、長期で積み立てていただける資金を集めるには、まずは直接販売しかないと判断しました。
その後、ソニー銀行からコモンズ30ファンドを扱いたいという打診を受けた時は、良質な資金を長期で託して下さるなら是非、一緒にやりましょう。ということで販売パートナーになっていただきました。それを機にインターネット証券にも販売窓口を広げ、2018年からスタートしたつみたてNISAで、地方銀行や大手証券会社の扱いが増えていきました。
マニュファクチャラーの意識でファンドを運用する
大原 証券会社や銀行などの金融機関を販売窓口にする時、何か条件のようなものはあるのですか。
伊井 販売金融機関を増やすために、弊社から銀行、証券会社に対して積極的に営業することはありませんが、直接、あるいは既に取り扱いをされている金融機関からの紹介で弊社のファンドを扱いたいというご要望を頂くことはあります。つまり当社の運用哲学や長期的な資産形成を軸としたビジネススタイルに共感いただいた先と連携しています。以前、ある証券会社から「良いファンドだから100億円くらいは販売できると思うので是非」と打診されたのですが、その言葉に続いて「でも成績が良いと思うから、1年後には利益確定のための解約が増えて残高がゼロになるかも」と言われたので、お断りしたことがあります。
私たちは「投資信託」という目に見えないものを作っていますが、マニュファクチャラーであるという意識でファンドを運用しています。より良いものにするため、常にファンドを磨いています。その手塩にかけた商品を、同じ想いで大切に取り扱っていただける金融機関と、パートナーを組みたいと考えています。
大原 金融機関とパートナーを組んで販売を任せることで、何か変わってきていますか。
伊井 長期、積み立てが大切との認識は広がりつつありますが、1900兆円ある日本の個人金融資産という山は、まだ大きく動いていません。個人金融資産の約50%が現預金という構造は、20年前も今もほぼ同じです。
この状況を大きく変えるためには、米国と同じように資産形成層が積立投資で資産を築いていく文化が定着しないと難しいでしょう。私たち含め、独立系といわれる運用会社がいくら頑張ったとしても、上手くいって10兆円ぐらいを積み上げられるかどうかだと思います。これでは、山が動いたとは言えません。この状況を打破するためには、他の担い手が必要です。
新たな金融の担い手は事業会社
大原 具体的に、その担い手とは誰ですか。
伊井 まず地域銀行です。その地域への強いコミットメントは大手金融機関にはないものです。地域の経済を豊かにしていくには、個人消費を考えてもその地域に住む方々の長期的な資産形成が必要です。かつて地域銀行は積立定期預金の残高をどんどん増やして大きくなりました。それと同じことを積立定期預金ではなく、今度は長期投資の投資信託で行えば良いのではないでしょうか。そもそも全国的な転勤も多い大手金融機関が、長期的な資産形成をお客様に訴えても共感は得にくいとも思います。メガバンクや大手証券会社は、組織力を活かした事業承継やM&Aとかのコンサルティング的なサービスを提供する方が向いています。
やはり長期投資のファンドは、地域密接で地元経済を活性化したいという想いを強く持っている人に担っていただくのが良いと思います。
ただ、金融機関にはひとつ弱点があります。それはマーケティングが弱いことです。金融は規制業種ですから、銀行ごと、あるいは証券会社ごとにサービス面などで差別化を図るのが難しく、結果としてお客様目線でのサービスが不得意でした。
一方、マーケティングに力を入れて、常にどういうサービスを開発すればお客様が喜ぶかを考えているのが、BtoC系の事業会社です。つまり事業会社が金融に参入すれば、なかなか動かなかった山も動くようになると思っています。
かつてのソニーやトヨタにその萌芽が見られましたが、最近では楽天はじめyahoo、通信キャリアのKDDIやSNSのLINE、高島屋や丸井などの大手流通などが、個人向け金融ビジネスに乗り出してきました。
BtoC系の事業会社は顧客のビッグデータを持っているし、日々たくさんのトランザクションも発生しています。LINEなどはレンディングや決済機能も持っていますから、金融ビジネスとの親和性は極めて高い。これからの金融ビジネスは、事業会社が新たな担い手になっていくとみています。
大原 IFA(独立系金融アドバイザー)についてはどのように見ていらっしゃいますか。
伊井 コモンズ投信を立ち上げる前、私は山一證券やメリルリンチ日本証券に在籍しており、そこで米国のIFAたちを見てきたので、いずれ必ず必要なチャネルになるという考えを持っています。
大事なことは、プロダクトプッシュ型ではなく、かかりつけのマネードクターとして、クライアントがお金のことで困っている時、相談に乗れる存在がIFAなのではないかと考えています。IFAとして活躍する人やIFA会社の数がもっと増えるのと同時に、日本資産運用基盤グループのような金融スタートアップが立ち上がり、IFAをサポートするような金融サービスが生まれてくると、金融ビジネスエコシステムに厚みが出てきます。それが日本の金融全体を底上げすることにもつながっていくと思います。
ちなみに米国には独立系の運用会社とIFAが連携して、ともに大きくなったという歴史があります。その意味では弊社が直接、IFAと連携を組んでプロダクツを販売してもらうことも考えられます、別会社として、たとえばコモンズアドバイザーのようなイメージのIFA会社を立ち上げることも将来、あるかもしれません。独立系の運用会社と中立性の高いIFAは、親和性が高いはずです。
全会一致で投資対象を決める
大原 なぜ長期投資のファンドを立ち上げようと思ったのですか。
伊井 2006年前後から最初の立ち上げメンバーが定期的に集まって、お昼ご飯を一緒に食べながらいろいろディスカッションを繰り返していました。たとえばメンバーの一人で著名な元アナリストは、アナリストが短期的なレポートばかりを書かざるを得ない現状を憂い、本来、アナリストは経営者と真剣に対話するためにも長期レポートを書きたいはず。コモンズで、企業の長期の成長ストーリーを描く30年レポートを書いてみたいと言っていました。
また、ファンドマネジャーをお願いした方は、長期投資で有名な外資系の運用会社でファンドマネジャーだけでなく、日本の現地法人社長、米国本社のボードなども務められ、すでに第一線からは退かれていたのですが、日本の個人に長期投資の素晴らしさを知ってもらい、文化として定着させることが出来るのなら役に立ちたい、自分の人生の中で「忘れ物を取りに行く気分だよ」とおっしゃって、ファンドマネジャーに就任して下さいました。
また、私たちが尊敬する著名な企業経営者の方々にもお会いして、長期投資についての考えを伺いました。すると、全ての方から、日本にも必要だと思っていた。もし日本で本格的な長期投資ファンドを立ち上げるなら是非ともやって欲しいと言われました。「海外には非常に素晴らしい長期投資のファンドがいくつもあるのに、日本には全く存在しない。自分たちがグローバル市場で競い合うとき、自分たちのマザーマーケットである日本の長期投資家が株主としていてくれるのは本当に心強い」というのが、その理由でした。
こうして、私たちの目指す取り組みが、社会的に存在意義があることを確信出来たことから、長期投資の日本株ファンドを立ち上げることにしたのです。
大原 大手の運用会社は長期投資の担い手になれませんか。
伊井 バークシャー・ハザウェイの会長であるウォーレン・バフェット氏は昔、「なぜバークシャーの運用成績が良いのか」という問いに対して、「僕は投資家であるのと同時に経営者だから」という話をしていました。
アニュアルレポートを読む時、アナリストは財務内容や業績を中心に見ますが、経営者が他社のそれに目を通す時は、アナリストとは違って経営者目線が入ってきます。経営者の経営哲学や想い、また、業績が厳しい時の経営判断の背景などを推察していくのは、やはり同じ経営者でないと分からないところです。
独立系投資信託会社には創業経営者がいます。対して大手の運用会社には創業者はもちろんおらず、大体においてサラリーマン経営者です。自分で会社の経営リスクをとっているわけではないので、どうしても見方が甘くなるし、肌身で長期視点の株主の必要性を理解できないのだと思います。大手の運用会社が長期投資の担い手になるのは、かなりハードルが高いのではないでしょうか。
大原 投資する銘柄はどうやって決めるのですか。
伊井 うちはコモンズ30ファンドについては完全に合議制です。つまり新たに組み入れるにしても、残念ながらポートフォリオから外さないといけない判断するにしても、全員が納得するまで議論するため投資委員会全員の一致で決定しています。
この全会一致については、どこか他の運用会社をモデルにしたわけではありませんが、エジンバラやアメリカの長期投資で著名な運用会社の方とお会いしてみると、やはり合議制で銘柄を決めているということでした。
長期保有する前提で銘柄を選びますから、デューデリジェンスはしっかり行います。投資委員会のメンバーは、経営者も含めたさまざまなバックグランドと多様なスキルセットを持っているアナリストで構成され、そのメンバーの全会一致で銘柄の組み入れ、売却を決めるというのが共通した秘訣です。
もちろん投資の方法はさまざまですから、私たちの手法が正しいなどと申し上げるつもりはありません。ただ、株式市場にそういう投資家も存在するということが大事なのだと思います。
大原 なかなか独立系の投資信託会社が増えません。投資信託業界を盛り上げる秘策はありますか。
伊井 独立して投資信託会社を運営するのはなかなか大変です。そもそもトラックレコードがないのですから、まずは、信じてもらうしかない。システム系のコストも高額ですし、順調に運用資金が集まるという保証はどこにもありません。ですから、システムや事務面についてはその多くをアウトソースできるようにして損益分岐点を下げられるようにするとか、一般向けにファンドを販売する前に、優秀なマネジャーに対しては例えば公的な運用機関が国内の金融人材を育てる名目で100億円くらいのシードマネーを渡して、それを運用してもらってトラックレコードを作ってもらうといった仕組みが必要だと思います。
大原 ありがとうございました。
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