2022.03.18インタビュー
対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.8】株式会社Financial DC Japan代表取締役社長 岩崎陽介氏「企業型DC5000社の導入を目指す」
岩崎陽介氏(株式会社Financial DC Japan代表取締役社長)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)
個人の間でiDeCo(個人型確定拠出年金)が人気を集めています。2000万円問題以降、老後の資産形成に対する関心が高まったためです。一方、確定拠出年金(DC)には企業型もありますが、現状、その導入は大手企業が中心で、中小企業への導入はまだまだ遅れているのが現状です。今回は、中小企業を中心にして企業型DCの導入支援を行っている、株式会社Financial DC Japan代表取締役社長の岩崎陽介さんにお話を伺いました。
企業型DCビジネスの面白さに気づく
長澤 「確定拠出年金」というと、近年では個人型確定拠出年金である「iDeCo」が話題になっています。少し古いデータになりますが、2021年3月末におけるiDeCoの加入者数が193万9044人。対して企業型DCの加入者数は約749万7000人で圧倒的に企業型DCに加入している人の方が多くなっています。
今回、ご紹介する株式会社Financial DC Japan代表取締役社長の岩崎陽介さんは、企業型DCの導入支援や投資教育を行うため、2018年にこの会社を立ち上げました。まず、岩崎さんのこれまでのキャリアからお話いただけますか。
岩崎 野村證券で資産運用アドバイザーの仕事に従事していました。その後、金融商品仲介会社に所属するIFAとして活動したのですが、個人の資産運用に関してさまざまな勉強をしていくなかで企業型DCに出会いました。これが2017年1月のことです。
とても良い制度だと思いました。ただ、採算ベースに乗せるのが難しそうだと思ったので、しばらくIFAの仕事に集中しながら、企業型DCに関する情報収集を続けていました。そのなかで、やはり企業型DCを中心にしてビジネスを展開しようと思うようになり、2018年12月にFinancial DC Japanを立ち上げました。
長澤 ご自身で会社を立ち上げる前は、IFAの活動をしながら企業型DCの提案もしていたのですか。
岩崎 はい。IFAはもちろん本業だったのですが、時々、お客様のなかに企業型DCに興味を示される方がいらっしゃいましたので、そういう場合、お客様の会社に企業型DCを導入するためのサポートなどを行いました。そしてそのなかで、企業型DCの面白さに気付いていったのです。
長澤 どういう点で企業型DCに興味を持ったのですか。
岩崎 理由は3つあります。ひとつはストック性のあるビジネスであること。自分都合の話になりますが、まさに積み上げのビジネスです。IFAはどちらかというとブローカレッジがメインなので、お客様に売買してもらってナンボですが、そういうビジネスから早く脱したいと考えていました。ちなみに積み上げるのは残高というよりも、私の場合は1社が企業型DCを導入することで発生するコンサルティングフィーのことです。これがどんどん積み上がり、逓増型のビジネスを実現してくれます。
2点目は、やはりお客様の需要があることです。というよりも知らない人が多いのですね。だから、企業型DCの提案をすると興味を持って下さる方が大勢いらっしゃいます。ビジネス的にどんどん儲かるようなものではないので、だれも企業型DCを提案してきませんでしたし、結果的にサポートできるコンサルタントがほとんどいないという状況になっています。証券会社やIFAは、富裕顧客の獲得を目指して競うわけですが、企業型DCに関して言えば競争相手がほとんどいません。ブルーオーシャンといっても良いでしょう。
そして3点目は社会的意義があることです。2019年に2000万円問題が浮上して老後の資産形成に対する関心が高まりました。つまり企業型DCを1社でも多くの企業に導入する支援を行うことは、社会問題の解決に寄与することにつながります。
中小企業への企業型DC導入支援には大きな需要
長澤 中小企業オーナーでも企業型DCを知らない人は大勢いらっしゃるのですか。
岩崎 iDeCoのことを知っている人は結構いらっしゃるのですが、特に中小企業オーナーの場合、企業型DCの存在を知っている人は本当に少数だと思います。
大企業は2001年から企業型DCを導入してきました。ただ、それ以前から、厚生年金基金や適格退職年金に代わるものとして、企業型DCよりも先に導入されていたのがDB(確定給付企業年金)でした。
DBの場合、将来の年金給付額を確定するため、企業型DCに比べて加入者の安心感が強かったのでしょう。企業型DCに比べてDBの方が受け入れられました。
ただ、この超低金利ですから満足な運用など出来るはずもなく、DBの人気はここ数年衰退傾向をたどり、昨年の加入者数は、ついに企業型DCがDBを上回りました。
ざっくりとした数字を申し上げますと、昨年時点で、iDeCoと企業型DCを合わせた確定拠出年金の加入者が1000万人を突破しました。日本の労働者人口が約6000万人ですから、6人に1人がいずれかの確定拠出年金に加入していることになります。
長澤 それでも、まだ5000万人弱は加入していないのですね。
岩崎 そうですね。しかも企業型DCを導入しているのは、大半が大企業です。企業型DCを導入している企業数が約3.8万社です。日本の厚生年金適用事業所は約250万社ですから、65社のうち1社程度しか企業型DCを導入していないことになります。そうであるにも関わらず、加入者数がこれだけいるというのは、大企業にしか広まっていないことを意味します。中小企業はほとんど導入していません。ほとんどの中小企業が導入していないからこそ、そこには大きなマーケットがあると考えています。
長澤 具体的にどのようにサポートするのですか。また、どのようにして中小企業との接点を持つのでしょうか。
岩崎 基本的に、中小企業に企業型DCに関する情報をお伝えして、導入したいということになったら導入支援を行います。最近は少しずつ、弊社ホームページから連絡して下さる会社も増えてきましたが、多いのは紹介ですね。保険募集人(生保・損保)、IFA、税理士などから紹介されるケースが大半です。というのも、企業型DCはお客様が自分で調べて導入するかどうかを検討したうえで、うちに導入支援をお願いしてくることがほとんどありません。そこまで認知されていないので、やはりこちらからお勧めして、初めてその良さに気付いてもらえる商材ですね。
あと、企業型DCのことを知っていても、「大企業しか導入できないでしょう」とおっしゃる中小企業経営者も大勢いらっしゃいます。本当は社長1人の会社でも導入できるのですが。
長澤 なぜ中小企業に企業型DCが広まらないのでしょうか。
岩崎 大手金融機関が大企業にしか営業していないからだと思います。たとえば大手証券会社になると、従業員数が500名以下の企業には、企業型DCの情報を持っていきません。ですから、中小企業に企業型DCが広まらないのです。また、金融機関の営業担当者レベルでも、企業型DCについて知らない人が大勢います。提案する側でさえ知らないのですから、中小企業に広まらないのは当然だと思います。
長澤 効率のことを考えると、どうしても規模が必要になるのですが、それは金融機関側の都合と言っても良いのかも知れません。
岩崎 その通りだと思います。ただ、制度としては非常に素晴らしいものなので、きちんと説明をすれば大半の方は理解してくれます。
証券会社にいた時、お客様のところに行って商品の提案をしようとすると、ちょっと嫌な顔をされるお客様もいらっしゃったのですが、企業型DCの場合、そういうことがほとんどありません。それは、お客様にとってのメリットが非常に大きいからです。これから徐々に世の中の認知度が上がっていくのではないかと期待しています。
現地パートナーや地域金融機関との提携で導入企業を拡大
長澤 岩崎さんが会社を立ち上げてから導入した会社の数はどのくらいですか。
岩崎 この3年間で160社くらいですね。加速度的に導入する会社が増えています。出来れば5000社くらいまで増やしたいと思います。もちろん、5000社になるとそう簡単には行きませんが、20年くらいかければ達成できるでしょう。でも、それを私は10年で達成したいと考えています。
企業型DCの導入を広めるためには、同業他社が増えることも必要だと思っています。ここまでがっちりと企業型DCにフォーカスして展開している会社は、うちだけだと思いますが、同じようなビジネスを行っている会社も複数あります。本当は、大手金融機関が中小企業も含めて企業型DCの導入支援を行えば、もっと早く普及するのですが、現状、そうなっていないので、同業者と言いますか、競争相手がもっと増えて欲しいところです。私が企業型DCの導入支援を行っている真の目的は、この制度を1社でも多くの中小企業に伝えることです。今以上に企業型DCに対する認知が広まるのであれば、同じビジネスを展開する会社の参入は大歓迎です。
長澤 地域金融機関との提携は行っているのですか。
岩崎 そうですね。保険募集人(生保・損保)、IFA、税理士などから紹介を受けることが多いのですが、最近は地方銀行との提携も行っています。この地方銀行では、従業員数が30名以下の企業から企業型DCの導入に関する相談があった場合は、基本的に断っていました。ところが、実は企業型DCを導入したいと問い合わせてくる企業は、従業員数で1名~30名のところが最も多かったそうです。ですから、そこを私たちの会社が引き受けますよということをその地方銀行に話したら、即座に提携が決まりました。
長澤 地方銀行も含めて提携していくことになると、それこそ南は沖縄から、北は北海道まで全国規模になりますが、その場合、御社の事業規模で対応可能ですか。
岩崎 幸か不幸か、新型コロナウイルスの感染拡大によってオンラインミーティングが普及しましたから、わざわざ現地に足を運ばなくても、さまざまなサポート事業が出来るようになりました。実際、今は沖縄から北海道までお客様がいらっしゃり、最近では1度も直接顔を合わせることなく導入するケースがほとんどです。
これからは現地パートナーとの連携を一段と強めたいと考えています。現地パートナーとは、それぞれの地元で活躍されている保険募集人(生保・損保)、IFA、税理士の方たちで、現在100名ほどいらっしゃいます。
現地パートナーの方々には、お客様になる地元企業との信頼を構築していただき、私たちはプロの観点から企業型DCの導入支援を行っていきます。今は現地パートナーからの連絡を受けた上で、私たちの業務がスタートするという、どちらかというと受け身での仕事になっていますが、これからはもっと能動的に提案などを行っていきたいと思います。そして、ゆくゆくはこうしたパートナーの中から、私たちの理念に賛同してくれる人を中心に、弊社の経営に参画してもらうことも考えています。
DC加入をきっかけにライフプランを考える
長澤 ただ、老後の資産形成を考えた時、DCだけでは十分とは言えませんよね。税制優遇を考慮しながらお金の置き場所を考えるアセットロケーションという考え方も大事なのではないでしょうか。
岩崎 はい。なので、DC加入をきっかけにして、ご自身のライフプランをしっかり考えましょうという話をしています。
人生の夢を実現したうえで、老後にお金で困らないようにするためには、これだけのお金が必要だから、DCで毎月これだけの金額を積み立てたうえで、他にNISAを活用する、あるいは株式に投資する、というように考えるわけですが、それは人生を考えるきっかけにもなります。
企業型DCを導入することによって、経営者が社員に対して、自分の人生設計、ライフプランをしっかり考えることが大事であり、だからこの制度を導入するのだという想いを、しっかり伝えてもらいたいと思います。この度、企業型DCに対する想いを「頭のいい会社はなぜ、企業型確定拠出年金をはじめているのか」という本にまとめ上梓いたしました。もし、ご興味がございましたら、手に取ってご覧いただけましたら幸いです。
長澤 最後に、お客様から選ばれる金融機関になるためには何が必要だと考えていますか。
岩崎 誠実にと申しますか、やはり本当のことをお客様に伝えることが大事ではないでしょうか。逆に言いますと、本当のことを伝えていない金融機関がたくさんあります。ちゃんと、この金融商品はこういう理由で、これだけのコストを取りますが、それは労力に見合った金額ですと公明正大に言えば、今のお客様はしっかり自分の目で選ぶ力を持っていると思います。
長澤 ありがとうございました。
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