2022.04.11インタビュー
対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.10】株式会社想研 執行役員 「Ma-Do」編集長 菊地敏明氏「金融商品の販売に携わる人たちの想いをすくい上げ、世に伝えたい」
菊地敏明氏(株式会社想研 執行役員「Ma-Do」編集長)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)
「顧客本位の業務運営に関する原則」が金融機関に問われるようになって5年。顧客と直接コミュニケーションをはかる営業の現場は、どのように変わってきたのでしょうか。地域金融機関をはじめとして、さまざまな金融機関の営業の現場を取材し続ける、金融専門誌「Ma-Do」の編集長、菊地敏明さんに話を伺いたいと思います。
リーマンショックとフィデューシャリー・デューティーが二大転機に
長澤 今回は金融機関を取材している方の視点から、「顧客本位の業務運営に関する原則」がどう見えているのか、という点についてお話を伺ってまいりたいと思います。
菊地さんは「Ma-Do」の編集長として、さまざまな金融機関を取材していらっしゃいますが、まずはMa-Doがどういう雑誌なのか、創刊の背景から教えていただけますか。
菊地 銀行等による投資信託の窓口販売、いわゆる投信窓販が解禁されたのが1998年のこと。そこから銀行の投信販売がどんどん伸びて、一時は公募株式投信の純資産残高に占める銀行等のシェアが50%を超え、証券会社を逆転した時期すらありました。
そうした中で、窓販の実態に関する調査を行う機会があり、その結果のアウトプットの一環という役割も担って2005年に創刊されたのが「Ma-Do」でした。ですから、誌名の「Ma-Do(マ・ドゥ)」には窓販の「マド」、そして、金融マーケティングの発展に寄与したいという「Marketing-Do」という2つの意味が込められています。もっとも、私自身が「Ma-Do」の編集部に加わったのは2007年で、創刊から2年が経過していた時期でしたが。
長澤 2007年というとリーマンショックの直前ですね。
菊地 そうですね。当時は窓販がとても元気な時で、残高も右肩上がりに増えていた時代でした。その中心になったのが、「グロソブ(グローバル・ソブリン・オープン)」をはじめとする「毎月分配型ファンド」です。そのためMa-Doの編集テーマも、どうすればもっと販売を伸ばせるのか、今どういうタイプの投信が人気を集めているのかといった情報が中心でした。
ところがその翌年の2008年にリーマンショックが起こり、投信ビジネスは一気に冬の時代へ突入します。解約や顧客からのクレームが続出し、販売現場のモチベーションも大幅に低下してしまったのです。
この時期はとにかく販売現場に元気になってもらいたいという想いで、編集方針や取材の内容を見直し、それまでの本部中心から販売現場の取材も増やしていきました。これが最初の転機でしたね。その後も欧州債務危機の影響などもあって投信販売の低迷は続き、一方で、通貨選択型が登場するなど分配金競争が加速していったのは記憶に新しいところです。投信ビジネス全体にとっても、リーマンショックが大きな転換点になったのは間違いないでしょう。
そうした状況が変わり始めたのが、2013年にいわゆるアベノミクスがスタートし、日本の株式市場が回復してきたころだったでしょうか。さらにエポックメイキングだったのは、森信親元金融庁長官の存在でしたね。2015年に長官に就任して、フィデューシャリー・デューティーを掲げ、金融商品の販売の在り方を改革していったのは周知の通りです。
この時期が「Ma-Do」にとって二番目の転機で、それまでは商品の情報や販売事例を取り上げることが多かったものの、ビジネスモデルそのものが大きなテーマになっていきました。
営業の現場はどう変わったのか
長澤 最初の転機であるリーマンショック以降は、営業担当者の販売スタンスも変わっていきましたか。
菊地 リーマンショックで投信の基準価額が大きく下落し、特にバランス型ファンドは「分散効果で下がりにくい」を売り文句に販売したりしていましたから、クレームも多かったようです。しかも、それまでは右肩上がりで推移していましたから、多くの販売員の皆さんが下落をほとんど経験してこなかった。結果として、販売現場が委縮してしまったのですね。
ただし一方で、それによってアフターフォローの重要性が認識された側面もあるでしょう。それ以前は、アフターフォローという言葉そのものも、それほど使われていなかった印象がありますが、リーマンショック以降はその在り方について真剣に議論されるようになりました。投信は売って終わりの商品ではないという認識が、改めて広まったように思います。
長澤 7年前にフィデューシャリー・デューティーという言葉が登場し、それが「顧客本位の業務運営に関する原則」として掲げられたわけですが、それによってMa-Doの編集方針などに何か影響はありましたか。
菊地 もちろん「顧客本位の業務運営に関する原則」に関しては、さまざまな観点から誌面でも取り上げていましたが、正直に言って、この一連の変革も一過性のものに終わってしまうのではないかとも思っていました。これまでの金融業界の歴史を振り返ると、さまざまな改革の必要性が議論されつつも、時間が経過するといつの間にか元に戻ってしまうというケースがしばしばありましたから。そのため、どこまで浸透するのか、やや懐疑的に見ていたのは事実です。
ただ、取材を進めていくなかで、金融庁の本気度が徐々に見えてきました。森元長官のパーソナリティもあるのでしょうが、本気で金融業界を変えようとしているということが、販売会社や運用会社などに伝わっていく様子が、ひしひしと感じられるようになったのです。
長澤 官民問わずトップが変わると、前の方針が大きく見直されることは往々にしてありますが、フィデューシャリー・デューティーに関しては森元長官が退官された後も、ずっと引き継がれていきました。私自身、7年くらい検査官としてこの問題に関わってきましたが、それは事実として言えることです。
菊地 それは、やはり日本の個人金融資産を米国並みに増やしていかないと、超高齢社会に突入した日本がそう遠くない未来に立ち行かなくなるという問題意識があったからなのでしょうか。金融庁自体も、従来のルールベースからプリンシプルベースに変わったのも大きなポイントでしたね。
長澤 そうですね。これまで行政側というのは、金融機関の問題行動をひとつひとつ指摘して、それを潰していくことの繰り返しだったのですが、そうではなく国民の金融資産を増やすためには何をするべきなのか、なかなか増えないのだとしたら、その問題の根源はどこにあるのか、という点をしっかり把握し、良い取り組みをしている金融機関があったら、そのやり方を公開することによって、その他の金融機関にも変わろうと思ってもらえるような流れを作ろうとしました。
そうすることによって全体がボトムアップすれば、それは個人顧客に還元されるはずだと考えたのです。
使命感を持って投資信託販売にあたる
長澤 ところで、菊地さんご自身はどういう経歴をお持ちなのですか。
菊地 私自身は金融業界の出身ではなく、もともと出版業界でさまざまなメディアの編集に携わってきましたが、いずれも金融とは全く違う分野のものでした。そういうキャリアなので、金融のことは右も左も分からない状態で今の会社に入り、しかも、かなり早い段階で編集長を押し付けられてしまった(笑)。
当初は読者の皆さんがどんな情報を求めているのかが何も分からなかったので、とにかく人に会って話を聞くしかないと思いました。「Ma-Do」の読者は基本的に金融機関の方ですので、それは取材であるのと同時に、読者の声でもあるという面があったのです。そうこうしているうちに、業界事情や課題などが徐々に見えてきました。本当に、読者の皆さんに育てていただいたと思っています。
ですから、多くのメディアで金融業界は悪者にされがちですが、私自身はその裏側を暴くといったジャーナリズム的なスタンスではなく、なるべく良い事例を掘り起こし、業界全体の活性化につなげたいという想いが強い。取材を通じて読者が今、何を課題としているのかを捉え、その解決の一助となる情報を届けたいと考えてきたのです。
長澤 取材を通じて出会った人たちから、どのような印象を受けましたか。
菊地 例えば銀行で預り資産業務に携わっている方は、銀行の中では本流ではないという意識が強かったかもしれません。でも、だからこそ逆に、使命感を持って仕事に向き合っている方が多く、連帯感のようなものも強かったと思います。
例えば、地域銀行の本部担当者の方を集めた情報交換会なども定期的に開催していますが、そこに集まった人たちはある意味でライバルであるにもかかわらず、自らのノウハウを他行の方に惜しげもなく提供されるのですね。他行を出し抜こうというのではなく、皆で業界全体を盛り上げていこうという意識が高いのです。
ですから、そういう熱い気持ちを持った方たちがどんな想いで戦略を考え、また、販売現場の方たちがどんな想いで顧客に接しているのか。人に焦点を当て、それらを具体的な事例として紹介することにこだわってきたつもりです。
金融機関の最前線で、使命感を持って働いている方をどんどん表に出していく。いま当社では「Finasee(フィナシー)」というWebメディアも運営していて、こちらは一般の方にもご覧いただけますから、より広い読者を対象に、同じことができればいいな、と考えているところです。
DXが進んでも求められる人間力
長澤 取材は全国規模で行っていらっしゃるのですか。
菊地 今は新型コロナウイルスの問題があるので、地方出張は難しい状況にありますが、足を運べるところはできるだけ取材をしたいと思っています。やはり現場を見てみないと、分からないことがたくさんありますから。
長澤 DXが進んでいくなかで、さまざまなサービスが人を介さなくても提供できるようになっていきます。それは金融も例外ではないと思いますが、金融サービスの提供における人の役割はどうなっていくのでしょうか。
菊地 これからもインターネットのチャネルは拡大していき、自分で判断して選べる人は、ますますネットを活用するようになるでしょう。でも、だからといって対面営業が完全に無くなるわけではないはずです。
特に地域金融機関の場合、その地域における信頼感はいまだに絶大なものがある。現場で働いている方々も非常に優秀で、人間力があり、心の底から「お客様の役に立ちたい」と考えています。〇〇支店のこの人に会いたいから金融商品を買っているという人もいるくらいですからね。
こうした「人」の力をもっと活かすという意味でも、重要になるのがコミッションビジネスからフィービジネスへの転換ではないでしょうか。優秀で人間力のある人が接客に1時間、2時間を費やした結果、顧客から信頼を得られたとしても、ビジネスである以上は対価も必要です。これまでは金融商品を販売し、コミッションを得るしかその方法がなかったとも言えるでしょう。
しかし、フィービジネスへと転換できれば、接客に費やした時間、得た信頼そのものの対価を、フィーとして徴収することができるわけです。それはアドバイスの対価だと言い換えられるでしょうが、単にマーケットや商品情報を提供するのではなく、顧客のお金の悩み全般を「聞く」ことのほうが重要になるのかもしれません。
もちろん、「言うは易く行うは難し」で、決して簡単なことではないでしょうが、それが実現して初めて、顧客のさまざまな課題を総合的に把握し、解決するためのアドバイスができる。そうした真の金融アドバイザーが増えていけば、対面での金融サービスが消えることはないでしょうし、むしろ、それなくしては「貯蓄から資産形成へ」も前に進まないと考えています。
2,000兆円の個人金融資産を活かすには
長澤 顧客本位を実践している営業担当者には何か共通の特徴はありますか。
菊地 銀行であれ証券会社であれ、「お客様のために」という気持ちを持っている方は、以前から決して少なくなかったように思います。ただ、評価体系などの仕組みのほうが、それを活かす形になっていなかったのではないでしょうか。
例えば、地域金融機関の方にお話を伺うと、必ずと言ってもいいほどおっしゃるのが、「私たちはこの土地、地域から逃げられません」という言葉です。だからこそ、顧客に不利益を被らせて一時的に利益を得たとしても、地域とともに発展しなければ、自分たちも成長できないことを知っているのです。
「もともと銀行のビジネスは農耕民族的なもので、広く種をまき、お客様の成長とともに自分たちも利益を得るというビジネスモデルだった。ところが、窓販が解禁されて以降は最初から多くの資金を持っている顧客を追いかけるような、狩猟民族的なビジネスに変わってしまった」。
これは10年以上前に、ある銀行の方から伺った言葉で、非常に印象に残っています。やはりこれからは、顧客ととともに成長していくという銀行ビジネスの原点に、立ち返る必要があるのかもしれません。それこそが、顧客本位の姿勢と言えるではないでしょうか。
長澤 最後に、お客様から選ばれる金融機関になるためには、何に留意するべきでしょうか。
菊地 これも10年ほど前になりますが、ある地域銀行の販売員の方を取材したところ、後日、お手紙をいただいたことがありました。そこにはお礼の言葉とともに、取材の際に話しきれなかった想いが手書きでびっしり綴られていて、とても感動し、今でもその手紙は取ってあります。
おそらく多くの金融機関に、そうした強い想い、使命感を持たれている方がたくさんいらっしゃるはずですが、これまではそうした強みを必ずしも活かせていなかった。繰り返しとなりますが、金融機関がもともと持っている、そうした人の力を活かす仕組みさえ確立できれば、自ずと選ばれる金融機関になる。その仕組みの1つが、前述のフィービジネスではないでしょうか。
日本には2,000兆円の個人金融資産があります。これを投資で増やしていくことはもちろん大切ですが、経済活動に投じて「生きたお金」にすることが、「貯蓄から投資へ」「貯蓄から資産形成へ」のもう1つの意義でしょう。それは日本の将来を左右すると言っても過言ではなく、金融機関の皆さんには、その後押しをする非常に重要な役割を担っているということを、忘れてほしくありません。私たちMa-Doも、微力ながらそんな皆さんのお役に立てるような情報を発信し続けていければと考えています。
長澤 ありがとうございました。
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