2022.06.08インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.12】金融教育家 塚本俊太郎氏「もっと家庭で子供とお金の話をする機会をつくりましょう」

塚本俊太郎氏(金融教育家)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

(写真撮影の時だけマスクを外させて頂いています)

この4月から、高校の家庭科で金融教育が拡充されました。今回は以前、金融庁で金融教育の推進を担当し、今は金融教育家として独立、活躍されている塚本俊太郎さんに、高校家庭科で金融を学ぶ意味や、米国の家庭で行われている子供の金銭教育などについて伺いました。

レストランで知ったバンガードへのリスペクト

長澤  個々人が安定した資産形成を行っていくためには、金融リテラシーの向上が大事です。塚本さんは、資産運用業務に長年の経験があり、その知見を活かして、現在は金融教育家として活躍されています。まず、塚本さんの経歴からお話しいただけますでしょうか。

塚本  新卒から外資系運用会社で20年以上働いてきました。マルチアセットの運用や、機関投資家向けにプロダクトの説明をする仕事に携わった後、バンガードに転職しました。

バンガードでは、機関投資家のお客様向けだけでなく、個人のお客様向けにもインデックスファンドを用いて長期分散投資することの大切さを説いてきました。この時の経験が、今の仕事につながっていると思います。

というのも、資産運用セミナーなどで運用会社10社くらいが登壇してプレゼンテーションを行った後、参加して下さった個人の方にアンケートを取るのですが、その集計結果で常にバンガードが一番良かったという評価をいただけたのです。毎年、お見えになられている方からは、バンガードの話はブレないからとても安心というご意見もいただきました。

そもそも投資信託会社は、表に立たないということもあるせいか、お客様から直接、ありがとうという言葉を掛けられることがあまりありません。こうしたお客様からの声を伺って、インデックスファンドによる長期分散投資を広めていくことを、自分のライフワークにしようと思いました。

でも、そんなことを考えている矢先に、バンガードが日本市場からの縮小・結果的に撤退を決めました。とても残念ではありましたが、退職することになりました。

当然、そうなれば次の仕事を探さなければならないのですが、出来れば今までと同じように、インデックスファンドによる長期分散投資を啓もうしていきたいという気持ちが強くありました。そうこうしている時に、経済評論家の山崎元氏のコラムを通じて、金融庁が金融教育関連の担当者を公募していることを知り、履歴書と志望動機のエッセーを書いて応募したところ、採用されました。

長澤  バンガードに勤務していた時、印象的だったことは何ですか。

塚本  バンガードに対するリスペクトですね。当時は年に何度か米国に出張していました。

バンガードの本社は米国ペンシルバニア州フィラデルフィアのマルバーンという街にあるのですが、とても自然豊かな土地で、東京ドームが7個くらい入る敷地にオフィスが建てられています。本当に山の中で、鹿が歩いているようなところです。

そこに出張して、たまたま近くのレストランに入って食事をしていた時、日本人がとても珍しかったようで、「こんなところに何をしに来たの?」と、そのレストランで働いている年配のウェイトレスから声を掛けられました。

「実は日本のバンガードで働いていて、出張で来たんだ」と答えると、「バンガードには感謝しかない。バンガードのお陰で十分な老後資金を作ることができたし、学資用非課税口座で運用した資金で、子供たちを大学に通わせることができた」と言っていました。

こんなことって、なかなか日本にはない話ですよね。そういうカルチャーを日本にも広めたいと心から思いました。

長澤  投資信託による資産運用が、大勢の人たちの間に浸透しているのですね。それは凄いことだと思います。

塚本  特にバンガードの場合、機関投資家ではなく個人向け資産運用ビジネスが大半ですし、個人にとって望ましい投資とはどうあるべきなのかを顧客向けに発信しています。

しかも、バンガードが運用している投資信託は、残高が増えれば増えるほど運用コストを引き下げていくという仕組みになっています。

結果、個人は非常に低廉なコストで資産運用が可能になります。だから、大勢の個人に支持され、また感謝もされているのだと思います。

全問正解が目的ではない

長澤  バンガードを経て、金融庁で金融教育に携わられました。その時、世の中で結構話題を集めた「うんこお金ドリル」を小学生向けコンテンツとして立ち上げていらっしゃいます。従来の金融庁では想像できない、一味違う取り組みをされてきたわけですが、プロジェクトを進めるうえでの苦労話などはありますか。

塚本  金融庁の前身が金融監督庁だったせいか、金融機関にとって金融庁はある種、怖いイメージがあると思います。

でも、実は金融庁って職員の3分の1が外部から中途で採用されたり、出向してきたりする人なので、実は根っからのお役所という感じではなく、かなりオープンな組織です。また、金融庁外の人たちとの交流、意見交換も結構活発に行われています。

うんこお金ドリルは、文響社という出版社が出して人気を博した「うんこドリル」の金融教育版で、これは文響社から金融庁の代表電話を通じて、金融教育の分野で何かコラボレーションが出来ないかという連絡をいただいたことがきっかけになっています。

当時から金融庁は金融教育に力を入れていて、学校に講師派遣なども行っていたのですが、対象になっていたのが主に高校や大学だったので、小学生や中学生を対象にした金融教育は手薄でした。

でも、これからの時代を考えると、やはり小学校や中学校の子供たちにも金融教育を行う必要性はありましたし、彼らに関心を持ってもらうためには、面白可笑しいコンテンツが欲しかったので、文響社からの提案を受けて、うんこお金ドリルが完成したのです。

反響は結構ありました。タイトルの奇抜さによる効果もあったと思いますが、中身もかなりしっかり作り込んであります。そこで重視したのは、小学生が日々、どういうところでお金の問題に直面するのかを考えて作ったことです。イギリスのフィナンシャルタイムズに取り上げられ、日本のメディアでもたくさん紹介してもらえました。

長澤  私が非常に興味深く感じたのは、クイズ形式だけれども、答えがひとつではないというところです。これにはどういう意図があったのですか。

塚本  そもそも金融のさまざまな問題に対する答えは、ひとつではありません。物事を見る角度によって、さまざまな答えを導き出すことが出来ます。

大事なのは、こういう考え方もあるよね、ああいう考え方もあるよね、というように、親子、あるいは友人同士で話し合うことなのです。

たとえば「友達にお金を貸しても良いか」という設問に対して、「子供はまだお金の大切さを知らないし、いじめのきっかけになる恐れがあるから、お金は貸してはいけません」という考えを正解としていますが、それが絶対とは限りません。状況によっては、お金を友人に貸すことが是とされることだってあります。それを親子、友人同士で話し合ってもらいたいのです。

クイズで100点を取るのではなく、自分なりの答えを見つけていただきたいと思います。

日本の金融リテラシーは本当に低いのか

長澤  一般的に、日本は金融リテラシーが低いと言われますが、本当でしょうか。逆に米国人の中には、金融について高度な知識を持った人が大勢いるということですか。

塚本  金融リテラシーについて国際比較をした調査があって、確かに日本はやや低めの結果が出てきます。特に複利、分散、インフレの概念に弱いのですが、厳密に言うと、日本の場合、複利の設問がやや難しめに設定されているのです。ですから、そこを調整すると、日本人の金融リテラシーは、必ずしも国際比較で低いわけではありません。

ただ、日本の場合、学校で金融教育を教える機会が少なかったとは思います。また、この4月から成人年齢が18歳に引き下げられ、18歳から親の承諾なしに、さまざまな金融取引の契約が結べるようになりました。18歳は高校3年生の年齢なので、高校の授業で金融教育をこのタイミングで拡充しようということになったわけです。

もちろん従来の社会科の授業でも、金融や経済の仕組みをある程度まで教えているのですが、それは大枠の仕組みに関するもので、パーソナルファイナンス、つまり個人がどのように金融と向き合えば良いのかについては、あまり教えてきませんでした。ですから、そこをこれからしっかり高校生に伝えていく必要があると思います。

また、高校での金融教育は投資がメインになっていると誤解されているようですが、柱は3つあります。

一つ目は家計管理で、収入と支出のバランスの取り方を学ぶこと。二つ目はライフプランニングを通じて、将来の支出のために計画的に準備すること。三つ目が資産形成で、これは別にすべての資金を株式や投資信託に投資するというのではなく、預金や投資をうまく組み合わせて将来に備えるということです。この3つを組み合わせることによってお金の知識が身につくということが、高校における金融教育の骨子です。

長澤  米国では親子の間で結構、お金に関する話を積極的にするという話を聞きます。そこは実感としていかがでしょうか。

塚本  これは各段に米国の方がオープンに話をするという印象を受けますね。日本の場合、親は子供にお金の心配をさせたくないという考えがあるようで、学校や塾にいくらお金がかかっているのかという話をすることは、ほとんどありません。

でも、米国の場合、大学費用は学生個人が学生ローンを借りてまかなうケースが多いので、教育費がいくらかかるのかといった話は、結構シビアにします。

あと、どうやってお金を稼ぐのかということも、家庭教育のひとつとして自然に教えるケースがあります。たとえば家の軒先で、子供たちが作ったレモネードを自ら売るといった風景も結構見られます。水とレモンと砂糖という原価がいくらかかったか、いくらで何杯売れたかを比較して利益を計算しますよね。こうしたことを通じて、自然にお金とは何なのかを生きる知恵として身につけていく文化が、米国にはあります。これは、日本も見習いたいところですね。

家庭でもお金の話をしよう

長澤  お金のことを自分事として捉えるようにするには、家庭環境も大事なのでしょうね。

塚本  そうですね。恐らくこれから子供たちが高校で金融教育を受けた内容を、家に帰ってきて親に話すこともあると思います。その時に、ご両親は絶対に、「子どもがお金の心配なんてするもんじゃない」と言わないで欲しいのです。これを言ってしまうと、金融教育の効果が台無しになってしまいます。その意味では、高校の家庭科の教科書を、是非ともご両親にも読んでいただきたいと思います。

きっと、ご両親が高校の時に学んだ家庭科とは、全く違う内容であることに驚かれると思います。

昔の家庭科といえば、お裁縫と調理実習というイメージが強いと思うのですが、今の家庭科はそれだけでなく、保育実習や介護実習も行っています。

そのうえ、昔の男子高校生は家庭科を学ぶ必要はありませんでしたが、今は必修科目になっていて、個人が生活していくうえで必要なすべてのことを学ぶ内容になっています。家庭科に金融教育が含まれるのは、経済的な自立に必要な知識のひとつという点で考えれば、自然なことです。

だからこそ、子供が学校で学んできたお金の話を家庭で話したら、「お金の話はしなくていい」と否定するのでなく、親子でお金のことを考える良い機会と捉えて欲しいのです。

長澤  最後に、いつもご登壇いただいた方にお聞きしているのですが、顧客から選ばれる金融機関になるためには、どうすれば良いと考えますか。

塚本  金融機関は営利企業なので収益を上げなければならないのは言うまでもありません。ただ、順番を間違えてはいけないということだと思います。

多くの金融機関はこれまで、全体でこれだけの収益を上げなければならないという目標を立て、それを支店ごと、部課ごと、個人ごとにブレイクダウンさせて目標数字を作ってきました。

でも、顧客本位を徹底させるのであれば、まずはお客様が何を求めているのかを考え、そのサービスを提供することによって幾ばくかの手数料をいただき、その積み上げによって全体の収益がいくらになった、という順番で考える必要があります。また、金融の知識・経験が乏しいお客様には、金融教育で教えられている内容の一部を話してもらえるといいですね。こうして初めてお客様と金融機関は、ウインウインの関係を構築でき、それを実現した金融機関こそが、お客様に選ばれるのだと思います。

それともう一方で、お客様の側にも申し上げたいことがあります。それは、サービスには対価が必要であり、何でも無料、あるいはローコストでサービスが受けられるなどとは思わないことです。昨今では、コストの安いオンライン金融機関もあるので、ローコストを望む人はそっちを選ぶ。対面の場合は、相応のコストが必要だということを認識したうえで、金融機関選びをすることが肝心です。

長澤  ありがとうございました。

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