2022.12.08インタビュー

対談連載【金融ビジネス/これからの「顧客本位の業務運営」 No.16】株式会社トーキョー・インベスター・ネットワーク代表取締役 石川由美子氏「1本のファンドに家族全員の夢が込められているという意識で投資信託を運用・販売する意識を持て」

石川由美子氏(株式会社トーキョー・インベスター・ネットワーク 代表取締役)
聞き手:長澤敏夫(株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員)

(写真撮影の時だけマスクを外させて頂いています)

今では、投資信託関連のサイトはたくさんありますが、その先駆けとなったのが今回、お話をお伺いする株式会社トーキョー・インベスター・ネットワーク代表取締役の石川由美子さんです。「投信資料館」というサイトを立ち上げたのが1998年のこと。この間、長きにわたって投資信託を見続けてきた石川さんに、投資信託の課題などについて聞いてみたいと思います。

インターネットとの出会いで独立を決意する

長澤  まず石川さんのご経歴から教えて下さい。

石川  大学を卒業してイギリスのカザノブ証券に入社しました。すでにこの証券会社は米国の大手銀行であるJPモルガン・チェースに買収されているので、存在していないのですが、イギリス女王御用達の証券会社とも言われた、伝統のある証券会社でした。

配属されたのが日本株の調査部です。ちょうど日本経済がバブルに差し掛かりつつある時代で、世界の機関投資家などが日本株に注目し始めた時期でもあります。手取り足取り仕事を教えてもらうのではなく、とにかく決算説明会に行ってこいと上司から言われ、訳も分からないまま出席していました。

そのうち海外のファンドマネジャーが来日して、日本企業をリサーチしたいからアテンドしてくれと言われ、ファンドマネジャーに同行して日本全国の企業を回りました。当時の日本企業は、ファンドマネジャーの来訪を受けた経験が非常に少なくて、対応に慣れていた企業はほとんどありませんでした。外国人ファンドマネジャーが突然訪ねてきて、「初めまして」の挨拶も済むか済まないかのうちにいきなり、「この数字はどうしてこんなに伸びているんだ」などと、決算書類を指しながら質問攻めにするわけです。「一体、この人たちは誰なんだ」という感じで、警戒されたものです。

私が投資信託と出会ったのは、この証券会社にいた時です。バルセロナオリンピックの開催を控えスペイン経済が注目された時で、日本の証券会社が「スペインファンド」を販売しました。それを購入したのが、個人的には初めての投資信託体験です。

その後、転職しました。スタンダード&プアーズMMSという金融市場分析を行う会社です。ここで、外国為替市場の担当になり、それはそれで面白いマーケットだったのですが、1996年2月に退職し、同じ年の11月にトーキョー・インベスター・ネットワークを立ち上げました。

長澤  投資信託とはあまり関りのないキャリアだと思うのですが、どうして投資信託のサイトを立ち上げようと思ったのですか。

石川  スタンダード&プアーズMMSで働いていた時、インターネットが世の中に出てきたのです。初めてそれに触れた時、「ああ、これは世の中が変わるな」という予感がしました。

外国為替レートは、ニュースを材料にして大きく動きますが、当時はネットなど存在していないので、たとえば「ウォールストリートジャーナルにこんな記事が出るらしい」という噂でレ―トが大きく動いたら、それを確認するために現地に電話をかけ、ウォールストリートジャーナルの早刷りをファクスか何かで送ってもらって、ようやく情報を確認するという流れでしたが、インターネットが登場したことによって、即時に自分のパソコン上で情報を検索できるようになりました。政府発表の数字なども、米国連邦政府のサイトにアクセスすれば簡単に入手できます。

実際にそれを体験したことで、これからはインターネットの時代が確実に来ることを確信しました。

また、それとほぼ同じタイミングで、当時の橋本内閣が金融ビッグバンを打ち出しました。これによって個人も貯蓄から資産運用の時代に向かうだろうと思ったのですが、当時はまだ個人が手を出せる資産運用商品というと、投資信託くらいしか見当たりませんでした。だから、インターネットを通じて投資信託の情報を個人相手に流すことで、世の中のお役に立てるのではないかと考えたのです。

「投信資料館」の成り立ち

長澤  今の「投信資料館」を拝見すると、投資信託の最新ニュースもさることながら、とりわけQ&Aにかなりの力を割いていらっしゃるようにお見受けします。このような情報発信形態に辿り着いた経緯を教えて下さい。

石川  当初は、投資信託のデータベースを運用していました。それで、まずは個別ファンドの目論見書をすべてデータ化しようとしたのですが、これが結構ハードルが高くて、当時の大蔵省にすべてのファンドの目論見書はあったのですが、すべて光ディスクに保管されていたのです。

ですから、まずその光ディスクを1枚ずつ借り出して、読み取り機でデータを読み込み、コピーを取り、それを事務所に持ち帰ってひとつずつデータ入力することの繰り返しでした。当時はまだ個別ファンドの情報を提供する会社が無かったのです。

ただ、徐々に投資信託の評価会社が設立され、そこが投資信託のデータを開示するようになりました。そうなると、私たちが手作業でデータ入力している状況では、スピードで負けてしまいますし、差別化できなくなります。そこで、Q&Aのコンテンツを拡充させて、とにかく分かりやすい解説コンテンツを増やすようにしました。

実際、投資信託には専門用語が非常に多く、初めて投資信託を購入しようという人たちにとって、物凄い壁になります。それを解決するためのコンテンツをつくろうと思い、それが今に至っています。

長澤  かなりかみ砕いて説明されていると思うのですが、読者の方々からの感想はいかがですか。

石川  まだまだですね。金融業界以外の人からは、「とても難しい」と言われます。ここは反省してもっと分かりやすい表現をしなければ、と思っているところです。

最近、YouTubeを見ていると、金融や経済、資産運用などについてとても分かりやすく解説している動画がたくさんアップされています。本当に分かりやすく解説されていて感心するのですが、投信資料館のQ&Aは、表現方法は文章なのでYouTubeとは違いますが、あの分かりやすさについては大いに参考にするべきところがあると考えています。

一番の課題は繰上償還を無くすこと

長澤  長年、投資信託業界を見て来られて、業界を挙げて取り組んでいかなければならない課題などについては、どのように考えていらっしゃいますか。

石川  一番の課題は「繰上償還問題」だと思っています。投資信託協会が公表しているデータを見ると、毎月、償還されているファンドの本数の約半分は繰上償還です。この現実をどう考えるか。

今、「顧客本位の業務運営」が盛んに喧伝されていますが、投資信託会社が受益者との信頼関係を構築するうえで一番大事にしなければならないのは、受益者からお預かりした資金を、組成したファンドを通じて、受益者に対して約束した運用方針に則って運用するのと同時に、受益者と約束した運用期間を全うさせることに尽きると思うのです。

ところが、毎月償還されるファンドの半分が繰上償還ということは、受益者との約束を果たせていないことになります。これは今日に至るまで、投資信託業界を20数年間見続けてきましたが、一向に変わる気配が見られません。そればかりか、繰上償還のことを業界の課題として取り上げず、一切、議論をすることもなく、新しいファンドを次々に設定している現状は、決して顧客本位の業務運営を全うしているとは言えないのではないでしょうか。

このままでは、投資信託会社と受益者の間に信頼関係を構築するのは困難ですし、投資信託が個人の資産形成にとって本当に良い商品であると思ってくれる人が、どんどん減ってしまうことを懸念しています。出来れば、繰上償還を行ったら、少なくとも3年程度は同じタイプのファンドを設定してはいけない、といったペナルティを課すくらいでも良いと思います。

それと、繰上償還にも関わる問題ですが、信託期間の短期化も大きな問題です。90年代に設定されたファンドの多くは、信託期間を「無期限」にしていましたが、最近設定される投資信託を見ていると、信託期間を10年にしているファンドがたくさんあります。信託期間を短くしておけば、繰上償還をするための面倒な手続きを踏むことなく、誰に文句を言われることなく償還できるからだと思うのですが、これでは投資信託が長期の資産形成に適した商品であると言うことはできません。また、安易な新規設定を助長する恐れがあります。

最後に、どうも運用成績の冴えないファンドが多いという印象を受けます。繰上償還時の基準価額が1万円を割り込んでいるファンドが本当に多いのですが、受益者からすれば、突然、繰上償還されただけでなく、戻ってくる運用資金が元本割れでは、納得できないはずです。

もちろん、良くなった点もあります。購入時手数料を取らないノーロード型が増えましたし、信託報酬率もかなり引き下げられた印象を受けます。それと共に、独立系投資信託会社が増えて、受益者に対して積極的な情報開示を行う姿勢を見せているのは、良いことです。

繰上償還を減らすために投信会社と販売会社のコミュニケーションを

長澤  繰上償還については、もともと運用本数が多過ぎるという問題もあるような気がします。

石川  そうですね。毎月、新たに設定されるファンドが2ケタの本数であるのですが、正直、運用体制は大丈夫なのだろうかと心配してしまいます。ファンドの併合が可能になったと言われていますが、法律上のハードルが高くて、実際に併合できたファンドはほとんどありません。これだけ運用ファンドの本数が増えるなか、ファンドマネジャー1人あたり、一体何本のファンドを運用しているのでしょうか。本当に責任を持って運用してもらえているのでしょうか。その点をしっかり考えてもらいたいと思います。

先ほど、繰上償還したらペナルティを課すという、いささかラディカルな話をしましたが、そこまでせずとも、たとえば純資産総額が減る気配が見えた時、繰上償還せざるを得ない状況に追い込まれる前に、販売金融機関と投資信託会社の間で、純資産総額を増やすためにはどうすれば良いのかをしっかり話し合ってはどうでしょう。そういう工夫と努力をすることによって、繰上償還を少しでも減らせるのではないかと考えています。

長澤  コストが安くなったのは、受益者にとって歓迎するべきことですが、一方で投資信託会社にとっては収益の根幹に関わる問題なので、コスト引き下げ競争が良いことなのかどうかは、まだ議論の余地がありそうですね。

石川  受益者からすれば安いに越したことはないのですが、大事なことは妥当なコスト水準をいかにして受益者に分かりやすく伝えるか、と言うことかもしれません。独立系投資信託会社のなかには、セゾン投信のように、純資産総額が増えるなかで段階的に信託報酬率を引き下げるところもあれば、下げないところもあります。

ただ、それでも受益者から文句が出ないのは、恐らく受益者とのコミュニケーションがしっかり出来ているからではないでしょうか。

独立系投資信託会社が定期的に開催している運用報告会は、他の投資信託会社も真似た方が良いと思います。「私たちはこういうところにこういう経費を掛けて経営をしているので、これだけのコストを皆さんにご負担いただいているのです」ということを、運用報告会などで真摯に伝えれば、受益者は納得してくれるはずです。

あと、運用報告書の中身をもっと分かりやすく書けないものでしょうか。ある程度、決められたフォーマットがあるにせよ、たとえば米国では開示書類を作成する際、シンプルな英語で書かなければならないというルールがあります。これは日本の投資信託でも導入を検討する価値があると思います。

教える人の熱意が個人の金融リテラシーを向上させる

長澤  高校での金融教育がスタートしましたが、個人の金融リテラシーを高めるにはどうすれば良いでしょうか。

石川  今、企業が従業員向け金融教育を行うと、それに係った費用の一部を法人税から差し引けるようにすることが検討されていますが、大企業で3%、中小企業で5%程度のインセンティブで、果たしてどこまで本気になって金融教育を行うか、そこがまだよく見えません。

仮に企業が従業員向けに金融教育をするにしても、大事なのは教育を提供する側と教える人の情熱と本気度だと思います。どういう人たちが講師になるのか分かりませんが、そこは案外大事なことだと考えています。

あと、それともし企業が従業員向けに金融教育をするというのであれば、そこで学んだ大人が家に帰って、学んだことを子供と共有できるような内容にして欲しいと思いますし、親御さんには積極的に家庭で内容を共有して欲しいと思います

また、10代でもアルバイトができる環境をつくるのも良いでしょう。日本では高校生のアルバイトを原則禁止にしているところもあるようですが、労働体験を通じてお金の大切さを学ぶ良い機会です。

それと、米国の個人投資家協会では、オンライン教育だけでなく、ローカルチャプター、リージョナルチャプターというように、身近なところで金融について学べる場が設けられています。単にテキストを制作して渡すのではなく、こういった学びの場を地域に設けることも大事ではないでしょうか。

長澤  最後に、運用業界などで働いている方にメッセージをいただけますか。

石川  100本のファンドを運用している投資信託会社にとって、1本のファンドは100分の1の存在でしかないのかも知れませんが、受益者からすれば、その1本のファンドに、家族全員の夢が込められている、あるいは将来を託している、とても大事な1本なのです。投資信託とはそういう存在なのだという意識をもって運用していただきたいし、販売金融機関は販売していただきたいと思います。

長澤  ありがとうございました。

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